松本オーナー 準備書面3 -カスタマーハラスメントの実態等-
カスタマーハラスメントによって病気になったり自殺してしまう店員やオーナーもいる。これと毅然と対決して店を守ってきた松本オーナーを、セブンイレブンは、カスハラ客といっしょになって攻撃している。こんなフランチャイズチェーン、オーナーの皆さん、許せますか??
令和2年(ワ)第1187号 契約上の地位確認等請求事件(第2事件)
原告(第2事件被告)株式会社セブン-イレブン・ジャパン
被告(第2事件原告)松本実敏
2021〔令和3〕年1月 日
準 備 書 面 3
-カスタマーハラスメントの実態等-
大阪地方裁判所第25民事部合議1係 御中
上記被告(第2事件原告)訴訟代理人
第1 本書面の目的~はじめに~
近年、コンビニ経営をはじめとする小売業において、理不尽な要求をしたり、迷惑行為をする利用客が増加しており、これらはいわゆるカスタマーハラスメント(カスハラなどとも呼ばれる)等と呼ばれ、大きな社会問題として認知され始めている。コンビニ経営者にとって、このような理不尽な要求をしたり迷惑行為に及ぶ利用客への対応は極めて重要かつ困難な課題であり、店舗のよりよい環境や、他の利用客からの信頼を守るために、また店舗で働く従業員を守るために、凄まじい経営努力を行って対処し、解決しなければ、店舗経営を続けることが困難になる。
本書面では
- コンビニ経営者等は、利用客からの理不尽な要求・迷惑行為等のカスタマーハラスメントに苦しめられている実態があり、カスハラが大きな社会問題となっていること(第2)、
- 国がカスハラを重要な社会問題であると位置づけ、解決のために様々な提言・立法措置・通達等がなされていること(第3)
- 理不尽な要求・迷惑行為等に対して、謝罪ではなく、毅然とした対応が求められること(第4)
- 原告が指摘するクレーム問題は、こういった被告の経営努力の延長線上にあると理解されなければならないこと(第5)
- そもそもコンビニ(小売業)経営は極めて過酷な環境にあり、店舗の信用をまもるために万全の経営努力を継続しなければ生き残ることが困難な状況にあること(第6)
を順次述べ、最後に裁判所が理解すべき点を簡潔にまとめる(第7)。
第2 利用客からの理不尽な要求・迷惑行為等のカスタマーハラスメントが大きな社会問題となっていること
1 利用客からの悪質なクレーム・嫌がらせ・暴力行為等の事例が相次いで発生していること
一般の小売業、とりわけコンビニ経営をめぐっては、顧客からの悪質なクレーム・嫌がらせ・暴力行為に関する事件が数多く発生し、報道されている。
例えば、記憶に新しいところでは、平成26年9月、大阪府茨木市のコンビニで、来店した男女4人が店員の態度に言いがかりをつけ、謝罪を要求し、商品のたばこを脅し取るなどして、恐喝容疑で逮捕された事件があった(乙19の1)。他には、平成30年末に、名古屋市内のコンビニで、女性店員に土下座させようとした男性客が逮捕されたことが報道されている(乙19の2)。また、平成30年9月には、北九州市内のコンビニで、30代の男女が女性店員に土下座を強要し、強要と威力業務妨害で逮捕されている(乙19の2)。なお、コンビニ以外の流通業界でも、同様の土下座強要での逮捕事例が全国で相次いで発生している。
その他にも、客が様々な迷惑行為を行い、それをツイッターやフェイスブック等のSNSに投稿することで問題とされる事例も相次いだ。
例えば、平成25年7月25日には、京都府向日市内のコンビニで、客がアイスケースに入ったところを撮影した写真がSNSに投稿されたことが問題となった(乙19の3)。また、平成28年12月には、利用客が未購入の商品のおでんを指でつつく様子を自ら動画撮影・公開したことにより、威力業務妨害罪で逮捕されている(乙19の4)。その他にも、コンビニ店等で、利用客によるいやがらせ、迷惑行為等が写真撮影され、それがSNSで公開されて問題となったケースは山のようにある。
他にも、利用客による暴力行為の事件も絶えず発生している。つい先日も、令和2年12月1日、北海道函館市のコンビニで、利用客が男性従業員の足を蹴るなどの暴行をして逮捕された事件が報道されている(乙19の5)。
これらの事例は、コンビニ経営をしている被告からすれば氷山の一角でありSNS等の写真や動画をアップする等により証拠化されているために容易に発覚・問題視されたものである。同様の問題は日々の経営の中でも起きていることであり、被告自身も、店舗経営の中で利用客による様々ないやがらせ、悪ふざけ、迷惑行為等の被害に遭ってきた。
なお、利用客による悪質クレーマー・迷惑行為の一部が、YOUTUBE等の動画投稿サイトに投稿されており、利用客によるクレームがいかに理不尽で、耐え難いものなのかがわかる。
2 被告が経験した利用客のいわゆるカスハラ行為の内容
被告は、コンビニ店舗を経営する中で、利用客から様々な迷惑行為等の被害を被ってきた。詳細は、別途述べる(被告第4準備書面)が、以下、具体例を簡単に述べる。
ア 迷惑行為
店内で迷惑行為をする利用客は多かった。
例えば、家庭ごみを持ち込んで店舗で捨てる(例えば、子どもの使用済みのおむつを捨てたり、袋にゴミを詰めて持ってきて捨てる等。)者や、夏の季節に冷蔵庫に顔を突っ込んで涼んでいる者、店内で暴れまわる者等もいた。
子どもたちが店の中で走り回って遊ぶこともあり、子どもが店内で転倒して流血のケガをしたこともあった。被告は、そのような場合、子どもらに、厳しく注意するなどしていた。
また、店舗の外で長時間たむろし、タバコの吸い殻等のゴミを捨てる等の者もいた(店で何も商品を購入せずに店の前でたむろするだけの者も大勢いた。)。
その他、トイレや店内を無茶苦茶に汚したり、トイレ内を長時間占拠したりするなど、例を挙げればキリがないほど店内で迷惑行為をする者は多かった。
なお、利用客の信じられない迷惑行為の内容とそれに対する被告の対応等については、後に各論として述べる。
イ 店員に対する理不尽な暴言、暴力行為
被告やその従業員に対して、理不尽な暴言、対応をする利用客は多かった。
特に、被告や従業員が、上記のような迷惑行為をする一部の者に対し、迷惑行為を控えるように声掛けやお願いしたときに、ほとんどの客は被告ないし被告従業員の声掛けに理解を示し、常識的な対応をするが、ごく一部の者は、反発して、理不尽な暴言を浴びせるなどしていた。
また、暴言を吐くだけでなく、胸ぐらをつかんできたり、つばをはいてきたり、物を投げつけてくるというような者もいた。また、購入しようとして持っていた商品を投げつけて商品として売り物にできなくする者もいた。
そのため、被告や従業員は、警察を呼んで対応せざるをえないこともしばしばあった。
ウ 万引き被害
どこのコンビニでもあることだが、被告店舗でも万引き被害は絶えず発生していた。また、トイレ利用客の中に、トイレの備品(芳香剤、トイレットペーパー、消毒液等)を盗む者もいた。コンビニ経営にとって万引き被害は死活問題であり、被告も、万引き被害には何度も苦しめられてきた。
被告は、万引きと思われる疑わしい行為にも積極的に声かけをしていた。
オ 駐車場の長時間の利用
店に用事がないのに駐車場を長時間利用する利用客が多数いた。
被告が経営していた店舗の西隣に、3件ほど、駐車スペースのない店(飲食店、理髪店、喫茶店)があり、その客が平気で店の駐車場を使っていた。店側も黙認していたため、被告は、当該店に抗議せざるをえなかった。
また、道路を挟んだ斜め向かい側に保育園もあり、子どもたちを迎えに来た車が駐車場に止まり、そこで親同士が長話をしていたりすることもあった。
また、店舗近隣にあるK大学(特に付属中学・高校)が主催するイベント(入学式・卒業式等)があったときには、当該イベントに参加する保護者らの車で駐車場がいっぱいになり、通常の買い物客が車で入れないことが常態化していた。その中には、店舗の駐車スペースではないところ(車が通る通路部分)にも駐車していく車も少なからずいた。
普通の駐車スペースがいっぱいになってしまうと、売上に響き、そのようなイベントのために駐車場が埋め尽くされると、一日平均10万円くらい売上が下がっていた。
カ 小括
被告は、このような利用客の迷惑行為等のカスハラ行為を数多く経験してきた。その中で、利用客の一部が、「本部に通報してやる」などと言って実際に本部に通報し、事実無根のことや、事実関係をあからさまに誇張した話を本部にするなどということが多かった。
3 多くのコンビニオーナーが顧客からのクレームに苦しんでいること
(1)新たなコンビニのあり方検討会
経済産業省は、令和元年6月28日から令和2年2月6日にかけて、「新しいコンビニのあり方検討会」を開催した。同検討会では、近年のコンビニの社会的インフラ化や、電子商取引市場やオンライン市場など小売業の変容、またオーナーより、売上げの伸び悩み、人手不足による店舗運営の困難化、人件費の高騰による運営コストの上昇などによりコンビニ経営が苦しくなっているという声が寄せられている実態を踏まえて、実態把握のための加盟店オーナー、従業員、利用者、コンビニ本部という様々な関係者に対するヒアリング・アンケート調査と併行して、コンビニが持続的な成長を可能とするビジネスモデルをいかにして再構築していくかについて、有識者による検討がなされた。
(2)コンビニオーナーによる顧客からのクレームに関連する意見
このうち、コンビニオーナーのヒアリングは、全国各地で12回開催された。全国各地のコンビニオーナーより、コンビニに求められる役割や経営上の課題等について意見が出される中、顧客のマナー低下に関する意見や、本部に対して悪質なクレームへの対策を求める意見も多数寄せられている。その一部を紹介する。
記
ア 令和元年8月21日 第2回(東京)オーナーからの意見⑩(乙20の1)
「日本人がモラルが低下していると思います。コンビニは下劣な人がやる、ぐらいに思っているんです。ですから、とても高圧的な態度で来ますし、お金を投げたりとか、商品を投げたりとか、わざと落として取れと言ったりとか、そういったことがある」
イ 同上 委員からの質問(27頁)
「ストローは出していません、うちは。買った方に渡す。そうしないと、ガバッと持って行っちゃうんです。他のレストランで、ストロー出していないので、そこで使うために一気に持って行かれちゃうので、発注が追い付かなくなっちゃうんです。」(委員「それはとんでもない消費者ですね。」に対して)「います、います。もうたくさんですよ。日常茶飯事ですよね。」
ウ 令和元年8月22日 第3回(東京)オーナーからの意見⑦(乙20の2)
「店の向かいに暴力団事務所が入りまして、地元じゃ結構有名な暴力団だったんですけれども、駐車場代わりに使われてしまったんですね。・・・それで困りますよということで何度か話をして、ただ全くやめなくて、交番に警察行ってもだめ。それでしょうがないので地元警察のマルボウに来ていただいて、それでやっと停めなくなったという。それも全部私がやらなくちゃいけなかった。本部は何も援助もヘルプもしてくれないわけですね。」
エ 令和元年8月26日 第5回(名古屋)委員からの質問(19頁)(乙20の3)
「来て下さるお客様のレベルというか、質もやっぱり20年前、10年前に比べれば全く違うので、昔は、開いててよかったって。ここにあって良かったよって、逆に感謝される方、すごく多かったですけど、いまでは当たり前になり過ぎて、逆にクレームもらうんですよ。なんでこんなのもやってくれないのって。」
オ 令和元年8月28日 第6回(大阪)オーナーからの意見⑤(乙20の4)
「昔は、大学生とかに選ばれる職種だったと思います。でも今はほとんど選ばれない。なぜかと言うと、理不尽なクレームを言うお客さんがどうしてもコンビニって多いんですよね。1週間で4、5回はもう訳の分からないクレームを受けて、女性の従業員が泣きながら帰ったりとかもあります。」
カ 令和元年8月26日 第7回(大阪)オーナーからの意見③(乙20の5)
「トイレ、これはもう公衆トイレのような役割をしております。ただ、このトイレットペーパー代とか、清掃代というのは、全てオーナーが負担しています。あとはゴミですね。ゴミも、車で来店される方は、当たり前のようにコンビニにゴミだけを捨てて、トイレを使って、何も買わずに帰っていく。町になくてはならない存在であると言われ、便利な一方で、その費用負担を全てオーナー個人が背負っているというのが問題じゃないかなと思います。先ほどの原価算入のところにも通じて来まして、ゴミ袋というのは全部オーナー負担になっております。」
キ 同上 オーナーからの意見⑤
「それと細かいことになるんですけれども、ゴミの投棄、あと駐車場があるところはどこもそうだと思うんですけど、車を置いて行かれることが多々あるんですよね。それと、先ほども話がありましたけど、トイレの使用ですよね。これはかなりストレスになります。汚される、水流される、ペーパー使われる。車は5、6時間置かれる。ひどかったら2日間置かれる。注意したら、物を買ってるだろ、と言われて、これは頭に来ます。そういう、放置車両や家庭ごみの投棄に対して、厳罰化みたいなのはできないんでしょうか。もっとそういうのをしてもらえたら、われわれも、ちょっとは楽になると思うんですけれども。」
ク 同上 委員からの質問(18頁)
「本部は一部上場企業です。みんな、コンビニ儲かると思ってるんですよ。コンビニっていうのは、われわれ単独の経営者がやってるんじゃなくて、チェーンっていう大きな会社がやっているという、消費者はそういうイメージなんですよ。だから、やれセーフティステーション、職場体験実習、災害の時の緊急対応、何でもかんでも期待されてしまうんですよ。それは、消費者が大企業だと思っているから、期待するんですよ。本部は結局自分の財布で店を経営しているわけではないですからね。チャージを取って、経費は全部われわれの財布から出て行くから、自分たちだけ良い顔して、こっちへ押し付けるわけです。われわれも、それを黙ってるわけです。もうやっぱり、正直に言うべきだと思います。トイレの問題にして然り、駐車場の問題にして然り。あれもこれも期待されてね。儲かってもいないのに、おかしいですよ。やっぱり、サービスには正当な対価を払わなきゃいけません。ただでサービス受けようとするのは、もうやめないといけません。」
ケ 同上 委員からの質問(23頁)
「だから、自分でやれることは徹底的にやる。お客様は神様じゃなくて、お客さんは対等。品切れさせてでも、廃棄は抑えると。電球抜いてでも、電気代節約すると。お客さんとケンカしてでも、箸1本節約すると。そうやって、自分の身は自分で守らないといけないと思いますね。」
コ 令和元年9月9日 第10回(福岡)オーナーからの意見⑦(乙20の6)
「ゴミを捨てるのも、トイレを清掃するのも、コストがかかります。それは全て加盟店負担です。うちの店で言えば、毎月 10 万円ほどかかっています。それを社会、もう常識的にお客さんがトイレ使って当たり前、ゴミ捨てて当たり前。そういうふうにしたのは残念ながらうちのチェーンの前の社長がバックルームにあったトイレを表に引っ張り出して、ご自由にどうぞというふうにしてしまったのが原因だと思います。そういう日本人のモラルまで壊してしまったのは我々の業界かもしれません。人から物を借りて「ありがとう」も言わない。黙って入って来て、トイレだけして、トイレが汚れていたら文句を言う。ゴミを家庭から持ってきて捨てる。」
以上のとおり、顧客による悪質なクレームが一定数存在すること、全国のオーナーが十分な対応策が整備されていない中で、悪質なクレームに耐えながら、金銭的な損害を被りながら、店舗経営に務めている事実が見て取れる。
4 メディアでもカスハラの問題が取り上げられていること
NHKのドキュメンタリー番組「クローズアップ現代」は、平成30年11月12日、「暴言に土下座!深刻化するカスタマーハラスメント」というタイトルで、カスタマーハラスメントの問題を放送した(乙21の1)。
また、令和元年5月29日には、「カスタマーハラスメント!客の暴言で心が壊される」が放送された。当該番組でも、カスタマーハラスメントの問題が、様々な分野でも大きな社会問題になっている実態が浮き彫りにされた(乙21の2)。同番組では、カスハラが起こってしまう背景等について社会学者とともに分析をし、カスハラから社員を守る企業の取り組み等を肯定的に紹介している。
なお、クローズアップ現代の取材内容等をまとめた書籍である「カスハラ モンスター化する「お客様」たち」も出版されている(NHK「クローズアップ現代+」取材班)。
このように、メディアでも、カスハラの問題が繰り返し指摘され、重要な社会問題として問題提起されるに至っている。
5 カスハラでの労災事例が増加していること
顧客や取引先からのクレームによる精神障害が仕事に起因したとして、厚生労働省が労災認定した人が、過去10年間で78名に上り、うち24人が自殺している(乙22)。厚労省は、精神障害で労災申請があったケースを個別に分析しており、「顧客や取引先からクレームを受けた」という項目を設けて集計している。
カスハラでの労災事例が増えており、このことも、カスハラが大きな社会問題として無視できなくなった要因の一つである。
6 様々な調査結果によって小売業界で悪質クレーム(迷惑行為)に苦しむ実態が浮き彫りとなっていること
(1)UAゼンセンによる調査結果
UAゼンセン(全国繊維化学食品流通サービス一般労働組合同盟)と関西大学社会学部のI教授は、独自の悪質クレーム(迷惑行為)アンケート調査・分析を行った(乙23)。同調査は、接客対応をしている流通部門所属組合員(販売・レジ業務・クレーム対応スタッフ等)約5万人の回答に基づき、悪質クレーム(迷惑行為)の実態の調査・分析をしたものである。
同調査結果によると、70%もの方々が悪質クレームを経験していた。暴言、何度も同じ内容を繰り返すクレーム、威圧的(説教)態度、威嚇・脅迫等の迷惑行為の被害を受けている割合が多く、様々な人格否定の言葉を浴びせられている(乙23、7頁等)。商取引の内容とは全く関係のないところで悪質クレーム被害が発生していることも判明している。
そして、当該悪質クレームに対し、9割以上がストレスを感じ、5割以上が強いストレスを感じ、迷惑行為がメンタルヘルスに大きな影響を及ぼすことが判明している(乙23、9頁等)。
さらに、迷惑行為に遭遇した際に、回答者の5割近くが「謝り続けた」と回答し、他方で、約25%が「毅然と対応した」と回答した(*ただし、毅然と対応できた割合は、「百貨店」「ドラッグ関連」「家電対応」が多く、専門的知識に基づき毅然と対応できた可能性が指摘されている)(乙23、13頁等)。
しかし、迷惑行為の対応の結果、12.2%が「問題が収まらなかった」、18.1%が「長時間の対応を迫られた」と回答しており、理不尽な悪質クレームに対して謝り続けたとしても、問題が収まらないケースも散見されている。
また、約50%が、迷惑行為は近年増えていると感じており、消費者のモラルの低下を指摘する声が大きい。
なお、I教授も、迷惑行為(悪質クレーム)が増えたとし、その苦情増加の心理的・社会的背景として、①消費者の地位向上と権利意識の高まり、②企業への不信感の増大、③急激なメディア環境の変化、④フリーダイヤル化と携帯電話の普及(カッとなるとすぐに本部に電話することができる。)、⑤規範意識の低下に伴う苦情障壁の低下、⑥過剰サービスによる過剰期待、⑦社会全体の疲労と不寛容化等と分析している。いずれも、サービスの低下等の事業者側に問題があるという観点では分析がなされておらず、社会環境や消費者側にも責任があるという観点で分析されている。
(2)日本労働組合総連合会「消費者行動に関する実態調査」(乙24)
連合は、平成29年11月13日から同月14日にかけて、行き過ぎたクレームや暴言・暴力などの迷惑行為に関する消費者行動の実態を把握するために、15歳から69歳までの男女2000人(一般消費者、接客業務従事者各1000人)を対象に実態調査を行った。
同調査によると、接客業務従事者の半数以上(56.9%)が、消費者より暴言、暴力といった迷惑行為を受けた経験があることが分かった。消費者から受けたことがある言動(迷惑行為)として、具体的には、「暴言を吐く」(33.1%)が最も多く、「威嚇・脅迫的な態度をとる」(28.5%)、「説教など、権威的な態度をとる」(19.2%)、「何回も同じクレーム内容を執拗に繰り返す」(16.7%)などが並んだ。中には「暴力を振るう」(3.3%)、「SNS・インターネット上で誹謗中傷する」(2.3%)との回答も一定数存在した。また、消費者からの迷惑行為を受けた経験のある接客業従事者の業種に大きな偏りはなく、全ての業種において課題となっていることが分かる。
また、一般消費者の58.4%が、他の消費者の迷惑行為を見聞きしたことがあると回答している。見聞きしたことがある迷惑行為としては、「暴言を吐く」(42.5%)が最も多く、「威嚇・脅迫的な態度を取る」(28.1%)、「説教など、権威的な態度をとる」(19.1%)、「何回も同じクレーム内容を執拗に繰り返す」(15.5%)などが並んだ。また、「SNS・インターネット上で誹謗中傷する」(11.1%)、「土下座を強要する」(6.9%)、「暴力をふるう」(6.3%)といった迷惑行為については、接客業従業者の経験よりも多い割合で一般消費者が見聞きしていることが分かる。
これら消費者の迷惑行為について、一般消費者の48.9%、接客業務従事者の56.4%が、「消費者が、店員・係員に対して、迷惑行為を行うことは、近年増えていると思うか」との問いに「増えている」と回答している。その原因として、「消費者のモラルが低下した」(一般消費者58.5%、接客業従事者65.7%)、「店員・係員はストレスのはけ口になりやすい」(一般消費者34.9%、接客業従事者27.1%)、「SNSの普及で情報が拡散しやすくなった」(一般消費者34.9%、接客業従事者27.1%)、「サービスに対する消費者の期待が過剰になった」(一般消費者27.5%、接客業従事者34.8%)、「店舗スタッフやサービス業者の尊厳が低くみられている」(一般消費者22.2%、接客業従事者26.7%)との回答が並んだ。
そして、「消費者の迷惑行為に対して、事業者が啓発や注意喚起を行うことをどのように思うか」との問いに対して、一般消費者の73%、接客業従事者の78.6%が「やったほうがいい」と回答している。
(3)消費者による迷惑行為の増加と事業主による注意の必要性
以上の実態調査より、近年、消費者のモラル低下、接客業従事者に対する尊厳の低下、サービスに対する消費者の期待が過剰となっていること等を原因として、消費者による接客業従事者に対する迷惑行為が増加していることが明らかである。また、迷惑行為の内容についても、暴言や説教という程度にとどまらず、暴力やインターネット上での誹謗中傷を受けた経験がある、あるいは見聞きしたことがあるといった声も一定数寄せられており、迷惑行為の程度も悪化していることが見て取れる。
また、このような迷惑行為に対し、事業主が啓発・注意することについて、大半の一般消費者及び接客業従事者が「やったほうがいい」との意見を述べている。このことは、事業主が、行き過ぎた迷惑行為を行う消費者に対して、謝罪して事態を収めるのではなく、毅然として啓発・注意を行うことが社会通念上相当な行為として認められていることを表している。
第3 国がカスハラを社会問題として位置付け、立法措置・通達等を策定するなど解決のために動いていること
1 厚生労働省「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」の報告書は、利用客や取引先からの迷惑行為を重要な社会問題であると位置づけ、社会全体に浸透させる重要性を説いていること
厚生労働省は、平成30年3月30日、「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」の報告書(乙25)において、「顧客や取引先からの迷惑行為」に関する問題提起をしている(乙25、25頁以下)。
すなわち、同報告書は、「(小売業等の)流通業界・・・では、顧客や取引先からの暴力や悪質なクレームなどの著しい迷惑行為については、労働者に大きなストレスを与える悪質なものがあり、無視できない状況にあるという問題が提起された。・・・これについては、顧客や取引先からの著しい迷惑行為については社会全体にとって重要な問題であり、何らかの対応を考えるべきという意見が示された」などと述べられた。
ただし、同報告書は、職場のパワーハラスメント防止対策の検討会であったため、顧客や取引先からの著しい迷惑行為は、職場内のパワーハラスメントとは区別されるべきとの意見もみられた。
しかしながら他方で、「この問題については、そもそも、使用者には労働契約に伴って安全配慮義務があり、その具体的内容は、労働者の職種、労務内容、労務提供場所等安全配慮義務が問題となるその具体的状況によって異なるものの、一般的には、顧客や取引先など外部の者から著しい迷惑行為があった場合にも、事業者は労働者の心身の健康も含めた生命、身体等の安全に配慮する必要がある場合があることを考えることが重要である。」と述べられ、顧客や取引先など外部の者からの著しい迷惑行為に対しても、事業者は労働者のために安全配慮義務を負う場合があることが指摘されている。
その上で、「顧客や取引先からの著しい迷惑行為が社会的な問題になっている状況を踏まえれば、顧客や取引先からの著しい迷惑行為の問題に対応するためには、事業主に対応を求めるのみならず、周知・啓発を行うことで、社会全体で機運を醸成してくことが必要であるという意見が示された。その際に、例えば『カスタマーハラスメント』や『クレーマーハラスメント』など特定の名前やその内容を浸透させることが有効ではないかとの意見が示された。」などと述べられた。つまり、社会全体での「カスハラ」「クレハラ」の理解を浸透させていかなければならない(現状では社会全体の機運が不十分である)という認識が示されている。
要するに、同報告書は、コンビニ等の小売業などの流通業界で顧客や取引先からの暴力や悪質なクレームなどの著しい迷惑行為が無視できない社会問題になっているという問題意識が示されるとともに、事業主に対して雇用主を守るために安全配慮義務を尽くさなければならないことが示されているのである。
2 いわゆるカスハラ問題に対応する措置を講じることが事業主の責務であるとする指針が厚生労働省から示されたこと
令和元年6月5日、「女性の職業生活における活躍の推進等に関する法律等の一部を改正する法律」が公布され、同法律は、令和2年6月1日に施行された。本改正の主な趣旨は、職場のパワハラ防止のために、雇用管理上必要な措置を講じることが事業主の責務とされたものである。
そして、本改正に伴い、「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)」が告示され、いわゆるカスハラの問題にも対応することが事業主の責務として位置付けられた(乙26)。
同指針7は、「事業主が他の事業主の雇用する労働者等からのパワーハラスメントや顧客等からの著しい迷惑行為に関し行うことが望ましい取組の内容」とされている。そして、その内容として、「事業主は、取引先等の他の事業主が雇用する労働者又は他の事業主(その者が法人である場合にあっては、その役員)からのパワーハラスメントや顧客等からの著しい迷惑行為(暴行、脅迫、ひどい暴言、著しく不当な要求等)により、その雇用する労働者が就業環境を害されることのないよう、雇用管理上の配慮として」、「被害者への配慮のための取組」や「顧客等からの著しい迷惑行為による被害を防止するための取組」等を行うことが望ましいとして、顧客等からの著しい迷惑行為から労働者を守るべきことが示されている。
3 法律の附帯決議にも、顧客による迷惑行為等によって就業環境が害されている事案が数多く発生しているという問題意識、防止にむけた措置の必要性がうたわれていること
「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律等の一部を改正する法律附帯決議」(令和元年5月28日参議院厚生労働委員会)12項には、「近年、従業員等に対する悪質クレーム等により就業環境が害される事案が多く発生していることに鑑み、悪質クレームをはじめとした顧客からの迷惑行為等に関する実態も踏まえ、その防止に向けた必要な措置を講ずること。」と明記されている(乙29)。
ここでも、いわゆるカスハラによって就業環境が害されている事案が多く発生しているという問題意識と、その防止の必要性がうたわれている
4 国はさらなるカスハラ対策に乗り出していること
また、厚生労働省は、令和2年10月18日、来年度に、いわゆる「カスハラ」の問題に関する企業向けの対応マニュアルを策定する方針を決めた(乙30)。
前述した乙26の指針では、雇用主にカスハラのマニュアルの策定や研修等が求められていたが、具体的な基準や対応方法を求める声が強く、厚生労働省は、さらに具体的にカスハラ問題に対する対応策・対処方法、被害者ケア等を示す予定である。
5 消費者庁におけるカスハラの議論
(1)第4期消費者基本計画のあり方に関する検討会
消費者庁では、平成29年10月から平成30年12月にかけて、「第4期消費者基本計画のあり方に関する検討会」が開催された。
(2)消費者による悪質なクレームについての議論・報告書
12回開催された検討会のうち、第4回の検討会において、「消費者行動に関する実態調査」(連合)の概要が報告され、消費者による悪質なクレームについても議論がなされた。
議論の中で、消費者による悪質なクレームの是正に向けては、委員より、意図的で悪質なクレームについては「毅然とした事業者の対応(威力業務妨害等への対応)が求められます」(18頁)との意見や、「消費者から悪質なクレームを受けた場合、従業員が個人で対応するのではなく、事業者全体でどう対応するのか、まさに対応マニュアルに基づいて対応する体制整備を図ることが最善策だと思います」(20頁)といった意見が出された(乙27)。
検討会での議論を踏まえ、平成31年1月8日に公表された「第4期消費者基本計画のあり方に関する検討会」報告書(乙28)には、消費者からの悪質なクレームへの対応等についてはまとめることが困難であるとして明記することは見送られたものの、「5.消費者教育の戦略的推進」に関して「常識的な程度を越えて執拗・過剰に苦情を申し立てるクレーマーへの対応について消費者教育に一定の効果を期待する意見もある」との文言が盛り込まれた。
(3)小括
以上のように、消費者による悪質なクレーム(カスハラ)の問題は、消費者庁の中でも重要視されるテーマの1つとなっている。
第4 利用客の理不尽な要求や迷惑行為に対して、単に謝罪をして解決をするのではなく、毅然とした対応が求められていること
1 利用客の理不尽な要求や迷惑行為に対し、毅然とした対応が求められていること
前述した乙23のアンケート結果から見てもわかるように、利用客の理不尽な要求や迷惑行為は、商取引の内容と関係なく発生していることも多く、また謝罪をしても解決しない事例も多い。そのため、理不尽な要求や迷惑行為をする利用客に対しては、謝罪はむしろ逆効果となり、毅然とした対応をしなければならないケースも多い。
事業主が毅然とした対応を取らなければ、その他の利用客の安心・安全・快適な空間を守ることができず、そのような問題を放置していると、その他多くの利用客からの信頼を失ったり、客足が遠のく原因となる。コンビニでは同じ店舗を何度も利用する客が多いが、一度、理不尽な要求や迷惑行為に屈してしまうと、再びその迷惑客が来店した際に、再び理不尽な要求や迷惑行為に及ばれるリスクがあり、問題の解決にならない。
ただ、実際に、理不尽な要求や迷惑行為に対して、毅然とした対応を取らない(または、取ることができない)オーナーが多いのも実際である。毅然とした対応を取るということは、実際にはそれ自体が難しく容易なことではないし、大きな労力・ストレスのかかることである。また、警察対応等をすると、時間と労力を割かなければならず仕事ができない時間を増やしてしまうことにもなるので、できることなら見て見ぬふりをしたり、なんとなく謝罪して済ませてしまいたいと考えてしまいがちである。本部から事業主に対して謝罪して済ませるように要請があれば、本部と対立したくないという思いを抱えるオーナーも数多くいる。
しかし、理不尽な要求や迷惑行為に毅然とした対応を取ることができず、店舗の評判を落とし、売上を落として撤退に追い込まれているケースや、オーナー自身が精神的に耐えられなくなるケースも少なくない。被告は、そのようなことにならないように、絶えず、店舗の安心・安全・快適な買い物空間を確保するために、理不尽な要求や迷惑行為をする利用客に、屈することなく毅然とした対応を取り続けてきたものである。
これは、被告が店舗の信頼やよりよい環境を守るために、かなりの労力を割いて行ってきた重要な経営努力の一環である。
その結果、一部の利用客と多少の摩擦が生じることはあるし、本部に通報されることもあるが、本部に通報されたからといって、顧客の言い分が正当であるなどということは全くない。
もちろん、被告が行き過ぎた対応をすれば、顧客からの信用を失い、売上も低下することになるが、被告店舗は高い売り上げを維持してきたことが、被告の対応の正しさを物語っていると言えよう。
2 理不尽な要求・迷惑行為に対して毅然とした態度が必要であると認知されていること
多くの企業側・事業主側では、カスハラ問題に対して様々な対応策が検討され、研修会等によって対応を検討している。具体的な対応方針は各企業によって異なることはもちろんであるが、理不尽な要求や迷惑行為に対して、毅然とした対応をとらなければならないという指導がなされていることが多く、毅然とした対応の具体例がマニュアル化されている企業も多い。毅然とした対応が、むしろ、企業としてあるべき対応策として理解され始めている(乙21の2でも、そのような企業が紹介されている。)。
なお世の中には、コンビニ以外にも様々な業界で様々な店舗(例えば飲食店等)経営がされているが、顧客の理不尽な要求や迷惑行為を厳しく取り締まり、特定の客を来店禁止等にする経営者も数多く存在する。いずれも、店や他の客を守るために、経営者が自らの責任と権限の下、経営者の判断によって必要に応じて行っているものであり、店舗を守るためには時として必要となることであるし、それが誤った対応であるなどと経営者に言えるはずがない。
3 事業主として、従業員の就労環境を守るために、理不尽な要求や迷惑行為をする利用客に対して毅然とした対応を取らなければならないこと
前述したように、利用客からの理不尽な要求や迷惑行為等を防止することは事業主に求められる責務であり、安全配慮義務の一つであると位置づけられていることからも明らかなように、事業主は、従業員の就労環境を守るためにも、理不尽な要求や迷惑行為をする客に対して毅然とした対応を取らなければならない。理不尽な要求や迷惑行為をする利用客を放置することで従業員が過度にストレスを抱える環境だと、労働災害も発生しかねないし、安全配慮義務違反で損害賠償請求される可能性もある(後述する裁判例のように、従業員に対して謝罪を伴う対応を求めることで不法行為が成立することもある。)。前述した労災件数の増加や、乙23の調査結果からも明らかなように、カスハラによる従業員の精神的ストレスやメンタルヘルスは無視できない社会問題である。
事業主が毅然とした対応を取らなければ、何度も来店する客と対応しなければならない従業員が精神的なストレスを抱えてしまうことになるし、従業員を守ることができない。そのため、事業主として、理不尽な要求や迷惑行為をする利用客に対して、毅然とした対応を取らなければならないのである。
4 顧客の理不尽な要求や迷惑行為に対して、従業員に謝罪するよう指示することが、不法行為になる可能性もあること
カスハラに関連して、甲府地裁平成30年11月13日判決(労働判例1202号96頁)が注目される。
同裁判例は、ある小学校の校長が、教頭に対し、理不尽な要求をしてきた児童の父・祖父に対し、謝罪を指示したこと等が不法行為に該当するか否かが争われた事案である。
裁判所は、「加害者側である本件児童の父と祖父が原告(教頭)に怒りを向けて謝罪を求めているのであり・・・父と祖父の理不尽な要求」と述べ、当該理不尽な要求に対し、校長が、原告(教頭)に対して児童の父と祖父に対して謝罪するように求め、謝罪を強いた上で、翌日に児童宅に行って児童の母親に謝罪するように指示したことは、「事実関係を冷静に判断して的確に対応することなく、その勢いに押され、専らその場を穏便に収めるために安易に行動したというほかない。そして、この行為は、原告に対し、職務上の優位性を背景とし、職務上の指導等として社会通念上許容される範囲を明らかに逸脱したものであり、原告(教頭)の自尊心を傷つけ、多大な精神的苦痛を与えたものと言わざるを得ない」と判示した。
上記裁判例は、第三者の理不尽な要求に対し、謝罪をもって解決するように要求させたこと等が、不法行為に該当すると述べた。つまり、この裁判例の考えに基づけば、例えば、コンビニ経営においても、顧客等の理不尽な要求に対し、被告が、話を収めるために、従業員に対して謝罪を要求することは、ときとして不法行為を構成することがありうることを示しているものである。
被告のような事業主は、顧客が理不尽な要求や迷惑行為をしてきた際に、対応した従業員に謝罪するよう指示することが違法になるのであるから、理不尽な要求であるか否かを十分に検討した上で、理不尽な要求に対しては従業員に謝罪を強要するような行為をしてはならないことになる。
その場合には、自ら理不尽な要求をする顧客に毅然と対峙することとなるのであって、これに対して迷惑客が本部への苦情を申し立てることによって圧力をかけようとしたならば、本部もまた、毅然とした対応を求められるのである。
5 被告はよりよい店舗環境の確保のため、様々な客に声をかけ、問題の目を摘んでいたこと
これまで述べてきたように、被告は、理不尽な要求をしたり、迷惑行為をする利用客に対し、毅然とした対応を取ってきたが、それ以外にも、店舗環境の確保の観点から、様々な利用客に声をかけ、問題の目を摘んでいた。
例えば、店舗駐車場付近で購入した商品を飲食したり、タバコを吸うなどしてたむろするような客に対して、早く帰ってもらうように声をかけることもある。そのような客が長時間たむろしている状況を放置していると、他の利用客からすれば近寄りがたい店舗になってしまい、客足が遠のくことになるからである。
しかし、たむろしている者も客である以上、声をかけて帰ってもらうことそれ自体がストレスでありかつ困難なことであるため、放置するオーナーも多いが、被告は、よりよい店舗を守るため、そのような客に声をかけることを厭わずやってきた(もちろん丁寧な対応である。)。ほとんどの利用客は、趣旨を理解して常識的な対応をするのだが、ごく一部の客は、大切にされるべきお客様である自分が不当な扱いを受けた等として逆ギレするように被告に対して暴言を吐くようなものもいるのが現状である。
また、駐車場を長時間利用している客に対する声かけもそうである。被告は、店の防犯ビデオの映像を随時確認しながら、駐車場を長時間利用している客に声をかけて、駐車場から離れるように声をかけることもしていた。オーナーの中には、わざわざ声かけをしないオーナーも多いと思うが、被告は、よりよい店舗を作るために、丁寧に声かけをしてきた。
店舗内に家庭ごみを持ち込んだりする利用客や、客の順番待ちの列を無視する利用客等に注意したり、声をかけるのも同様である。店として困ることに対して丁寧に声かけをして是正を求めることは、店舗のよりより環境を作りだし、それを見ている他の利用客の信頼を得ることにもなるので、被告はそのような声かけをしてきた。これも、ほとんどの客は被告の言っている内容を理解して常識的に対応してくれていたが、ごく一部の利用客が、逆ギレをするような態様で暴言を吐いたり、本部に通報したりするなどしていた。
このように、被告は、店の環境をよくするために、利用客に対して様々な声かけをしてきた。そのことによって、店の環境はよくなり、利用客からの信頼を勝ち得て、売上の増加・維持につながったものである。
ただ、ほとんどが被告の声かけに理解を示して常識的な対応をする中で、ごく一部の客が、被告の声かけをきっかけに、暴言を吐いたり、本部に事実を捻じ曲げて苦情を申し出たり、その他理不尽な要求をしたりすることがあった。
第5 原告が指摘するクレーム問題は、こういった被告の経営努力の延長線上にあると理解されなければならないこと
乙31の1ないし90は、平成24年6月から令和元年11月までの間の、被告の店舗の一日ごとの来店者数、売上合計、一日当たりの単価、廃棄した商品の金額等を被告が記録した資料である。かかる記録からわかるように、被告の店舗では、一日当たり約1000人ないしそれ以上が来客する。年間に換算すると、延べ3万6000人以上もの接客を行うことになる。なお、来店者数は、レジで商品を購入した利用客の合計であり、来店したが商品を購入せずに帰る者も多くいるため、実際に店に来店するものはもっと多い。
これだけ膨大な数の接客を行っていれば、コンビニ経営者ないしそこの従業員を下に見る傾向のある者が少なからずおり、前述したように、理不尽な要求をしたり、迷惑行為等に及ぶ者が一部出てくる。とりわけ、被告のように、理不尽な要求や迷惑行為に対して毅然とした対応をしたり、それ以外にも積極的に利用客に改善してもらいたいことについて声かけをしたり、注意喚起したりすると、必然的に客との摩擦も増え、オーナーに対する腹いせも兼ねて、本部に通報されるケースも増えざるをえなくなる。
原告は、被告に対するクレーム数の多さを問題にしているが、被告が、店舗の信用や、店舗のよりよい環境を守るために、利用客の迷惑行為等に対して謝罪等によって済ませるのではなく、積極的に声かけをしたり、注意をしたり、毅然とした態度をとっていること等からすれば、本部に通報されるクレームの数が増えるのはやむを得ないところである。また、被告のように毅然とした対応をするコンビニオーナーはそれほど多くなく、コンビニ店員ごときから注意を受けたということで、反発し、本部に通報するという者も残念ながら存在する(甲24の利用客のクレームの中にも、そのようなことが伺える内容が多分に含まれている。)。
また、本件訴訟では、被告の対応が特異なことであるかのようにして問題とされているが、店舗の信用、店舗のよりよい環境を守り、店舗の秩序を保つために必要かつ相当な対応をしているのである。仮に、その中で被告の対応に相当性を欠くものが一部あったとしても、これまで述べたように、理不尽な要求や迷惑行為をする利用客が存在しそのことが大きな社会問題となっている背景や、そこで働く多くの方が大きなストレスを抱えていること、事業主にとって死活問題であり多大なストレスと労力をかけて問題に対処せざるをえないこと、国も解決しなければならない問題であるという認識のもと具体策を講じているさなかにあること等の事情を十分に踏まえなければならない。
本件のクレーム問題は、まさにそのような背景のもと、被告の経営努力の延長線上にあることを理解しなければならない。そして、本部に通報されたクレームが、理不尽な内容であったり、被告に不利に事実を捻じ曲げたり、事実関係をことさらに誇張して報告されるなどされるケースが多いということも十分に踏まえる必要がある。
そうであるから、原告は、カスハラ問題に直面する企業として、これらのことを十分に踏まえた上で、利用客からのクレーム内容を精査し、被告の言い分も十分に聞いた上で解除事由を判断しなければならなかったことは明らかであるが、あろうことか、わずか10日間の催告期間だけを付与し、個別クレームに対する被告からの言い分等も十分に聞くことすらせずに解除を強行したものであって、許されるものではない(この点は、今後、主張を整理する予定である。)。
裁判所も、原告が主張する個別クレームに対する被告の対応の問題については、これらを踏まえた上で検討・評価がなされなければならない。
第6 コンビニ(小売業)経営は極めて過酷な環境にあり、店舗の信用をまもるために万全の経営努力を継続しなければ生き残ることが困難な状況にあること
1 小売業が生き残るのは極めて難しい情勢にあること
小売業の経営は極めて困難な状況に置かれており、様々な経営努力抜きには生き残ることができない。
小売業の開業数は、平成29年度で1万1422件、2018年度で1万652件と、年間約1万1000件程度で(減少方向に)推移しており(乙32)、例年同じような件数を推移している。
これに対し、株式会社帝国データバンクの調査によると、被告がコンビニオーナーとなった平成24年以降の全国の小売業の休廃業・解散件数は年間約4000件(業種全体の約16%)であった(乙33)。また、平成30年の業種細分類別に見た休廃業・解散率でも、上位20業種中10業種を小売業が占める(同上)など、小売業の経営が極めて難しい状況にあることがわかる。
また、同社の別調査によると、小売業者の倒産件数は、平成24年以降、年間約1800件前後を推移しており、平成28年度を底として増加傾向となっていることが分かる(乙34)。また、全体の倒産件数の内、開業後10年未満で倒産に至るケースは年間約540件であり、倒産件数全体の30%を占めている(同上)ことからも、小売業が安定して経営を続けることが困難な情勢にあることが分かる。
これらのデータより、消費税の増額や人件費の高騰、人手不足等の背景より、小売業の経営が厳しい状況にあることは一目瞭然である。
2 コンビニ加盟店の休廃業・解散件数と経営状況
コンビニの経営もその例外ではない。
公取委によるコンビニ実態調査(乙16)によると、平成22年以降の10年で加盟店等の倒産・休廃業・解散数は、以下のとおり約3.5倍に増加している(同17頁)。
記
西 暦 | 倒産件数 | 休廃業・解散件数 | 合 計 |
2010年 | 30 | 61 | 91 |
2011年 | 29 | 69 | 98 |
2012年 | 25 | 93 | 118 |
2013年 | 32 | 128 | 160 |
2014年 | 34 | 136 | 170 |
2015年 | 39 | 139 | 178 |
2016年 | 41 | 219 | 260 |
2017年 | 51 | 283 | 334 |
2018年 | 30 | 322 | 352 |
2019年 | 45 | 271 | 316 |
以上の倒産の要因についてみると「販売不振」(全体の303件)が大半を占めており(次点は「既往のシワ寄せ-累積赤字」(18件)))、コンビニも他の小売業と同様に売上げが減少し、経営が困難となっている状況が見て取れる。
オーナーアンケートによるコンビニエンスストア加盟店の収支状況をみると、5会計年度前の調査結果と比較して、いずれも店舗平均の売上高が年間745万円も減少しているのに対し、人件費(従業員給与)が85.5万円も増加するなど、事業主のもとに残る収益が年586万円と192万円も減少しており(同82頁)、加盟店収支が厳しくなっていることが分かる。このような状況もあり、店舗の経営状況について尋ねたアンケートでは、「とても順調である」「順調である」との回答が31.3%であったのに対し、「あまり順調ではない」「順調ではない」との回答が44.0%も占めた(同77頁)。
他にも、株式会社帝国データバンクの調査からも、コンビニ経営者の状況がよく分かる(乙35)。同調査によると、コンビニエンスストア経営業者の倒産件数は、上記公取委の調査と同様に、平成24年から令和元年にかけて256件(年間約32件)にも及んでおり、この背景には、コンビニ全体の店舗数が増加傾向の中で、同業との競争激化や人手不足問題などがあると指摘されている。また、業歴別でみると、10年未満の倒産件数が、平成24年から令和元年にかけて76件(全体の約30%)と大部分を占めており(同乙35)、開業から継続して経営することの難しさを示す結果となった。なお、同調査では、「今後は、これまでコンビニエンスストアの特徴でもあった24時間営業について、人手不足などから廃止に向けた動きをとる経営業者も少なくなく、各フランチャイズ本部は今後も対応に追われることになるとみられる。」と指摘し、24時間営業が経営の困難性に拍車をかけていることを示唆している。
3 コンビニオーナーの勤務状況
以上のような厳しい経営状況を乗り越えるため、コンビニオーナーは、少しでも人件費を削減しようと、店頭に立ち続けているのが実態である。公取委のコンビニ実態調査(乙16)によると、オーナーの1週間当たりの店頭業務日数の平均は6.3日であり、62.3%ものオーナーが週7日店頭に立っていることが明らかとなった(同153頁)。また、直近1年間の休暇日数の平均も21.3日(1ヶ月に約1.8日)であり、63.2%ものオーナーが年間で10日以下の休暇しか取れていないことが分かった(同155頁)。1週間当たりの店頭業務時間についても、40時間超50時間以下は12.3%、50時間超60時間以下は12.4%、60時間超70時間以下は9.9%、70時間超80時間以下は6.1%、そして過労死ラインを越える80時間以上は12.3%にも及ぶなど、50%以上のオーナーが労基法上の法定労働時間を越えて勤務している実態が明らかとなった(同156頁)。
このように、コンビニオーナー(特に個人オーナー)は、自身の身体を酷使して働かないと、経営を続けることが困難な状況となっているのが現状である。
4 被告店舗の売り上げが高く維持されていたことは地域顧客からの信頼を得ていた何よりの証左であること
被告店舗の一日当たりの売上金額は、乙31の1ないし90「日販」欄記載の通りであり、一月あたり約2000万円の売り上げをあげていた。
この売上は、原告に加盟する他のフランチャイズ店舗と比較しても、遜色のない十分な数字である。被告の売上が好調だったので、被告がどのような店舗づくりをしているのか参考にするために、他店舗のオーナーから被告の店舗に見学に来させてほしいという要請を受けることもあり、実際に他店舗のオーナーが見学に来ることもあった。
原告も異論のないところであろうが、利用客から信用のない店舗の売り上げは当然のことながら伸びない。店舗に近寄りがたい雰囲気や、客層も含めて店舗の環境や雰囲気が悪い等といった評価を受ければ、客足は遠のくことは当然のことである。つまり、理不尽な要求・迷惑行為をする客の問題を放置していれば、そのことは、店舗の売り上げに直結し、店舗経営の破綻につながる放置することのできない問題である。
逆に言えば、被告店舗のこのような高い水準での売上金額が、地域からの信頼を得ていたことの証左である。被告が、迷惑行為をする客に対して毅然とした態度をとってきたことや、店の秩序や雰囲気を守るために積極的に利用客に声掛けをしてきたことも、経営の観点から見れば、正しい行為であったことは、その売り上げが証明している。
5 小括
このように、コンビニ経営は極めて困難な状況に置かれており、年々、その過酷さは増していた状況にあった。このような厳しい状況下で、店舗経営者は、経営に関する最大限の努力をし続けなければならないことは言うまでもない。被告が、理不尽な要求・迷惑行為に至る利用客に対し、多大な時間と労力をかけて、また、本部に苦情を入れるとの脅しにも怯むこと無く、毅然とした態度を取ってきたことは、極めて困難な経営環境の下、店舗の信用、店舗の売上、店舗経営を守るために必要なことであったことは明らかである。
第7 最後に
迷惑行為に対する被告の対応を解除事由と判断することは、カスハラに苦しめられながら、売上低下に苦しめながら、それでも生き残るために積み重ねている小売業者の、店舗を守るための、店舗のよりよい環境を作るための大きな労力を払う経営努力を否定することに他ならない。
裁判所は、店舗経営がどれほど困難なものか、店舗の信用を守ることがどれほど重要か、迷惑行為に毅然とした態度を取ることがどれほどの労力を費やすのか、被告がどれほど経営努力を積み重ねてきて店舗を守り抜いてきたのか、十分に理解された上で、被告のクレーム対応の評価をされたい。
以上
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